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「ガラスの街」ポール・オースター 柴田元幸訳

ポール・オースターは好きで結構読んでいる。このブログには、「幻影の書」と「ブルックリン・フォーリーズ」のレビューしか挙がっていないが、「シティ・オブ・グラス」「幽霊たち」「鍵のかかった部屋」のニューヨーク三部作、「ムーン・パレス」「偶然の音楽」などの本が手元にある。そしてこの本は、「シティ・オブ・グラス」(山本楡美子・郷原宏訳)として初訳が出ていたものを、柴田元幸氏が再び訳し直したものである。だからずいぶん前に読んでいたのだが、すっかり忘れていたという始末。

「孤独の発明」に続いてポール・オースターの2作目という初期のものである。訳者のあとがきによると、この小説はあちこちの出版社に持ち込んでも出版を断られ続けたそうだ。探偵小説の体裁をとっていながら、事実はいっこうに明らかにならないし、事件の解決もされないことから断られたのではないかと、柴田元幸氏は解説している。そうなのだ。事件はちっとも解決しないし、探偵を演じたクイン氏そのものが赤いノートを残して行方不明になって終わるのだ。

そもそもクイン氏というものが何者なのかよくわからない。35歳だったらしいこと、かつて妻がいて息子もいたらしいのだが、二人とも死んでしまったようだ。なぜ死んだのかも不明。クイン氏はその不在の哀しみを抱えて、探偵小説を書いてひっそり暮らしている。ウィリアム・ウィルソンという名前を使って、著者の写真も経歴も伏せたまま、エージェントと接触もせず、原稿を送り、お金を得ていただけだ。まさに抽象的な人物。誰一人友人もいないし、接触する人間はいない。クインはニューヨークの街をひたすら散歩することが好きだった。

散歩に行くたび、あたかも自分自身を置いていくような気分になった。街路の動きに身を委ね、自分を一個の眼に還元することで、考えることの義務から解放された。それがある種の平安をもたらし、好ましい空虚を内面に作り上げた。(中略)あてもなくさまようことによって、すべての場所は等価になり自分が、どこにいるかはもはや問題ではなかった。散歩がうまくいったときは、自分がどこにもいないと感じることができた。そして結局のところ、彼が物事から望んだのはそれだけだった―‐どこにもいないこと。ニューヨークは、彼が自分の周りに築き上げたどこでもない場所であり、自分がもう二度とそこを去る気がないことを彼は実感した。


クイン氏のところに夜に間違い電話がかかってくる。「ポール・オースターさんですか?」と。クインはポール・オースターという男を名乗り、その間違い電話の依頼である事件の探偵として関わることになるのだ。依頼者はピーター・スティルマン。彼の本名は、「ピーター・ラビット。冬はミスター・ホワイト、夏はミスター・グリーン」などと言う。名前など意味がなく、翻訳不可能な言葉を語る。父親のピーター・ステイルマンに小さい頃からずっと監禁され、自由と言葉を奪われたのだ。その回復過程にある現在において、刑務所から出てきた父、ピーター・スティルマンが彼を殺しにやってくるから守ってくれという依頼だった。

クインはポール・オースターになって、自分の分身のウィリアム・ウィルソンが書いた探偵小説の探偵のように、ピーター・ステイルマンを尾行する。街をブラブラして、落ちている無用なモノたちを回収するスティルマン。ピーター・ステイルマンは新たな言葉を作り出そうとしていた。バベルの塔の建設で人間が犯した言葉の過ちを正そうと、新バベルの建設を考えていたようだ。息子の監禁も言葉を奪うことで何かを実験していたかのようである。クイン氏は、何日もピーター・スティルマンの不可解な散歩を尾行し続けるのだが、ある時、彼を見失ってしまう。そして、自分がなぜポール・オースターと間違えられたのかを知るために、作家のポール・オースター氏に会いに行く。ポール・オースター氏から語られる「ドン・キホーテ」とセルバンデスの関係について論じた話も興味深い。「ドン・キホーテ」の物語のすべては、ドン・キホーテの仕掛けた罠であり、嘘やナンセンスをどこまで信じるかの実験だったのだという「ドン・キホーテ」論を書いていた。実験?仕掛けた罠?とすると、この奇妙な依頼もまた誰かが仕掛けた罠なのか?

ピーター・スティルマン氏の息子の言葉を奪う実験。そして言葉を作り出そうとする新バベルの塔の建設とは、作家そのもののようでもある。街をさまよい、見続ける。そして言葉にすること。クイン氏は、ウィリアム・ウィルソンという名の作家であり、作家ポール・オースターという名の探偵となり、尾行をする。名前は次々と変わり、自分とは何者でもなく、何者にもなれる。

ピーター・スティルマンを見失ったクインは、浮浪者のようになりながら何日も息子のピーター・スティルマンの建物を見張り続けるのだが、そのピーター・スティルマンもいなくなってしまう。父親のピーター・スティルマンは自殺したという知らせをポール・オースターから聞き、すべて謎のまま投げ出され、クインもまた赤いノートにこれまでのことを書き続けて、いなくなってしまうのだ。こうやって物語を書いていても、何が何だか分からない。

街を歩き、さまようことで、自分が一個の眼となり、空虚なものとなる。それは街そのものであり、どこにもいないことである。あるのは言葉だけ。赤いノートに記され言葉だけがあり、小説がある。最後にアフリカから帰ってくるというポール・オースターの友人である「私」がクインの赤いノートから、この小説「ガラスの街」を書いたとされるのだが、そもそもその「私」とは誰なのか。ポール・オースターなのか、クインなのか、ウィリアム・ウィルソンなのか、それとも別の誰かなのか、よくわからない。作家とは誰でもない誰かであり、虚ろな存在でしかない。そしてそれは、私たちもまた、誰でもない誰かになりうるし、虚ろな存在であるということでもあるのだ。
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テーマ : ブックレビュー
ジャンル : 小説・文学

「巨大なラジオ/泳ぐ人」ジョン・チーヴァ―/村上春樹訳(新潮社)

村上春樹訳ということで読みだしたアメリカの短編作家ジョン・チーヴァ―は、1912年生まれ。1982年に亡くなるまで、数多くの短編を発表している。主に「ニューヨーカー」に頻繁に掲載されたのが、1940年代後半~60年代半ば。サリンジャーとほぼ同世代、レイモンド・カーヴァーはひと世代下になる。

ジョン・チーヴァーの多くの短編は、1950年代のアメリカの「中の上」クラス、あるいは富裕層の高級住宅街を舞台(架空の住宅街シェイディー・ヒルが度々登場)にしている。豊かな恵まれた暮らしをしている人々が、あるキッカケで、落とし穴に入り込み、心の空洞、心の隙間に入り込んでくる闇のようなものを描いている。人生の皮肉、ちょっと滑稽で、時にシュールで、ブラックな味わいが魅力だ。

『深紅の引越しトラック』に登場する高級住宅街のパーティーで、いつもアル中になって騒ぎ出して引っ越しを余儀なくされる男ジージーのことをこう描写する。

ジージーは不具なるもの、病んだもの、貧しいものたちの――彼ら自身に落ち度はないのに苦悩に満ちた悲痛な人生を送らなければならないものたちの―‐代弁者なのだ。幸福で、育ちが良くて裕福な人々に対して、彼はこう言いたかったのだ。いくら慈愛の心を持ち、特権を用いて、何不自由なく暮らしていようと、おまえたちだって怒りの苦悶や、情欲や、死の苦しみから無縁でいることはできないのだ。彼が言いたかったのはただ、その一撃がやってくるときのために、衝撃にしっかり備えていろよ、ということなのだ。(P231)


幸福な暮らしをしていても突然やってくるその一撃とは、妻子が出て行った孤独な夜に、家の中をこっそりのぞく覗き屋の存在だったり(『治癒』)、金に困り妻にも言えず、こっそり近所の金持ちの友人の家に忍び込み、お金を盗んでしまうことだったり(『ジェイディー・ヒルの泥棒』)、乳母に預けて遊びまくっていた女の子供が突然失踪してしまったり(『「サットン・プレイス物語』)、子供たちのベビーシッターに恋をしてしまい、精神的に混乱してしまう男だったり(『カントリー・ハズバンド』)、森の中で愛を交わしていた男の尻を見てから、性的妄想に憑りつかれてしまう人気作家の話だったり(『林檎の世界』)、妻が突然裸で演劇に出ると言い出したり(『四番目の警報』)、落とし穴はいろいろなパターンがある。誰もが羨む豊かな暮らし、高級住宅街での優雅なパーティー、そんな恵まれた暮らしをしている人々の取り繕った顔の裏側、孤独や欲望や闇が突然露わになり、人生の混乱を引き起こす。誰にでも落とし穴があるのだ、とチーヴァ―は皮肉を込めて描く。

『ぼくの弟』という初期の頃(1951年)に書いた作品がある。マサチューセッツの島で、年老いた母を囲んで家族全員が集まってひと夏を過ごす話だが、理屈っぽくて暗くて、いつも人を不快にさせることしか言わないひねくれものの弟が久しぶりにやってくる。チーヴァ―はこの作品に関するエッセイでこう書いている。

私は親戚たちの中に、人生の核心には耐えがたく忌まわしいものがあり、愛や友情やバーボン・ウイスキーや、なんらかの明るさを持つようなものはすべて、無意味で馬鹿げた欺瞞だと考えている人たちがいることを知っている。私の作家としての目的は、そのような姿勢の緩和を―‐もし必要だと思えばそこからの逃亡を―‐記録することだった。(P353)

このひねくれた弟のように、人生の楽しさ、明るさの裏側に、無意味で馬鹿げた欺瞞を感じるのは、もしかしたらもう一人のジョン・チーヴァ―なのかもしれない。村上春樹が言うところのアルターエゴ。誰もが持っている別の側面。そんな二重性を、チーヴァ―の短編から感じる。

有名な作品に映画化もされた『泳ぐひと』がある。高級住宅街でそれぞれの家のプールを泳いで家まで帰る男の奇妙な話だが、優雅な暮らしから転落した男の心の空洞が描かれる。最初は、久しぶりの男の訪問に歓迎されていたのだが、次第に訪問に迷惑そうな対応をされ、男の存在自体が不確かなものになっていく。人に金を借り、妻子もいなくなり、転落していった男の人生が浮き彫りになる。その描写の変化が見事であり、一日の限られた時間の話だったはずなのに、時間が引き延ばされ、辿り着いた男の家は、売りに出され、空っぽだったというシュールな結末が見事だ。

表題作の『巨大なラジオ』もちょっと非現実的な話だ。高級アパートメントで夫からプレゼントされた高級ラジオが、なぜだか近所の家の会話の音を拾って盗聴できてしまうのだ。近所の人々の取り繕った顔の裏側にある闇や欲望を覗き見する感覚に、主人公である奥さん自身が夢中になって病んでいくのだ。

『ああ、夢破れし街よ』は田舎からニューヨークに出てきた劇作家の夢と現実。田舎者が騙されていく悲哀がせつない。
『トーチソング』もなかなかいい。感傷的なラブソングという意味だそうだが、いつも変なダメ男を彼氏にしつつ、その男の世話をすることに夢中になる女性との腐れ縁的な関係にある男。彼女に紹介される彼氏は、暴力的だったり、アル中だったり、アメリカを見下すドイツ人だったり、金にだらしのない男だったりと、ろくでもない男ばかり。微妙な距離を持ちながら続いた関係だったが、彼自身がお金が無くなり、病気になると、男を作りまくっていた彼女がそばにやってくる。疫病神のように。献身的に世話を焼くことで生き甲斐を見つける女と、その女に最後に悪態をつく男の本音。人間の二重性、複雑さが描かれていて面白い。

『バベルの塔のクランシー』は、高級アパートメントのエレベーター係の男の話。身なりもよく好感の持てる紳士が、同性愛的嗜好で男友達と暮らそうとすることをどうしても許せないのだ。『引っ越しの日』も、同じような高級アパートメントの管理人の話。引っ越しで出ていく人とその部屋の移る人。引っ越し業者のトラックがなかなかやってこないことでヤキモキする管理人とアパートメントの人々の人物描写が楽しい。いずれも富裕層を下層労働者の側から描いた短編だ。

どの短編も皮肉が利いていて、人物描写に深みがあり、転落や闇や落とし穴に混乱する人間模様が面白い。

テーマ : ブックレビュー
ジャンル : 小説・文学

「極北」マーセル・セロー/村上春樹訳(中公文庫)

東日本の大地震があり、津波や大洪水、豪雨、台風などの自然災害が多発し、新型コロナの感染が広まりをみせる今、たまたまこの本を手に取にとって読むと、妙なリアリティがあり、人間の根源的なもの、生きる意味についてを考えさせられた。

「昨今読んだ中ではいちばんぐっと腹に堪える小説だった。」というコメントの村上春樹訳に惹かれ、厳寒の極北での冒険小説なのかと思って読み始めたのだが、どんどん意外な展開があり、読み進むにつれ惹き込まれていった。そもそも最初は主人公が男だと思って読んでいたら、女だったりするし、時代設定がそもそもわからない。それが次第に、地球で環境破壊や飢饉による食糧難、人口爆発による暴動や争い、放射能汚染などで都市が破壊された後の近未来であることが少しずつ分かってくる。主人公の女性のサバイバル体験をもとに物語が進行していくのだが、地球に何があったのか、細かな説明はない。ただ都市から人間的な生活を求めて、自然のある世界に移住してきた人々がいて、そんな世界にも人々が食料を求めて押し寄せてきて、強盗や略奪など治安が悪化していく。そして家族が解体され、人々が次々と死に絶えていく。地球全体が破壊され尽くした後の世界、わずかに生き残った人々の物語だ。

主人公のメイクピースは、家族を失い、女性としての暮らしもすべて失い、男のような格好でひとりで生きている。そこに若い言葉の通じない者が現れたところから物語が始まる。すべて失われた孤独な生活から、わずかな希望が見えたと思ったら、次々と展開されるさまざまな物語。それは生きていくことの困難さと過酷さ、人間の愚かさ、野蛮性などいろいろなことを考えさせられる。湖での自殺を試みようとしたときに見た飛行機が彼女を思いとどまらせる。自然の中でしか生きてこなかったメイクピースが見た近代の乗り物に希望を感じるのが何とも皮肉だ。便利さを追い求めて人間が獲得した都市文明、その息苦しさの果てに追い求めた自然回帰の暮らし、さらにそれさえも奪ってしまった世界、人間の暴力性。宗教とは、政治とは、社会とは。原始共同体がまた構築され、支配ー被支配の関係の下、権力が維持され、宗教的カリスマ性なども描かれる。混乱した世界の中にあって、「正しさ」が意味を無くす。「正しさ」を追い求めることで、さらに争いが起きる。人間が目指すべき道筋が見えなくなった世界で、人は何を求めて生きていくのか?何を支えに生きる力が得られるのか?世界は大きな曲がり角に来ているような気がする。

マーセル・セローは、作家ポール・セローの次男だという。あとがきを読むと、マーセル・セローはドキュメンタリー作家でもあり、取材している時に、チェルノブイリの近くで放射能で汚染された立ち入り禁止区域で農業をしている人たちに出会ったという。放射能汚染近くの自然の中で大地を耕す人々。そこから発想された物語が本書であるそうだ。地球の自然はどうなっていくのだろうか。我々の都市化機能はどこまで進むのだろうか。人間は何を目指しているのだろうか?北極星のような「極北」という目指すべき道しるべはあるのだろうか?クリント・イーストウッド映画のようなタフなサバイバル冒険物語、アンドレ・タルコフスキーのような近未来の世界の果ての終末感、アレハンドロ・ホドロフスキーのような狂気と暴力、そして女性の強さとたくましさを感じる世界でもある。

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「遠い声 遠い部屋」トルーマン・カポーティー(新潮文庫)

カポーティーの処女作。ひんやりとした虚無感、孤独感、そして内省的繊細さが感じられるカポーティーらしい(そんなにたくさん読んでいないけど)小説。少年の父親探しの物語として始まる。しかし、期待と希望に心を躍らせて出会った父親は、すでに動けなくなった「二つのガラスの目玉」でしかなかった。過去の物語の囚われ人となっているランドルフという奇妙な人物が登場する。年鑑をたよりに世界中の郵便局に手紙を書き続ける男は、女装家でもあり、カポーティー自身とも重なる謎めいた人物だ。少年の父親をピストルで撃ち、廃人にしたのもこのランドルフだった。饒舌家でインテリでアル中のろくでなし。このランドルフの虚無感が全体のトーンになっている。

少年ジョエルの目線で語られる様々な人物との出会い、さらに沈みゆく不気味な屋敷や自然の描写はなんとも詩的であり、感覚的だ。森の奥深く湖の向こうにある廃墟となったホテル。過去に幽閉されたゴシックロマンの趣きだ。

登場人物たちも独特の味わいがある。凶暴な女の子アイダベルは、双子のフローラベルとは正反対の性格で、なんとも野性味溢れる純粋さが魅力的。少年ジョエルとアイダベルの森の中での場面がいい。二人は屋敷を脱出し、森を抜け、街のお祭りで小人のミス・ウィスティーリアに出会う。大きくなれない小人の悲しみ。夜の雨に濡れる観覧車の場面も印象的だ。台所仕事をする黒人のズーは、かつて男に襲われできた首の傷をスカーフで隠す。アコーディオンを弾きながら歌う讃美歌。雪を夢見て屋敷を出て行くが、悲惨な末路が待っていた。そんなそれぞれの人物とのエピソードが、少年の感性で綴られていく。そして少年は、過去の自分を振り返るほどに成長していく。

物語の展開としてはわかりずらく、大きな展開もない。しかし、少年を通して語られる人物や自然や屋敷の描写が、なんとも生々しく詩的で魅力的だ。22歳でデビューした若き才気が迸っている。

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ジャンル : 小説・文学

「湖中の女」レイモンド・チャンドラー/清水俊二訳(ハヤカワ・ミステリ文庫)

フィリップ・マーロウもの4作目。1943年発表。戦時中という設定であり、ちらっとそんな描写もあるが、それが大きな要素にはなっていない。最近、村上春樹訳「水底の女」が出たらしいのだが、読んだのは清水俊二訳。湖の中に美しき女性の死体が沈んでいるといういかにも映像になりそうなシチュエーション。本作は映画化もされたらしい。

その湖の中の女性死体がキーワードになるミステリーだが、やや単調で散漫な印象もある。アクションがなく、マーロウが女性と絡む場面が少なく、粋な会話のやりとりがあまりないのが残念だ。女性は二人とも失踪中で、直接マーロウと絡む場面が少なく(殺人現場やラストでのやりとりはあるが)、絡むのは化粧品会社の美人秘書の方が多い。全体的に登場人物が、他の作品に比べてやや魅力度に欠ける気がする。

「大いなる眠り」のエキセントリックな美女姉妹やスターンウッド将軍、「さらば愛しき女よ」の大鹿マロイと悪女のヴェルマ、「高い窓」の老女エリザベス・マードックや潔癖症の秘書のマール、そして「長いお別れ」のテリー・レノックスなどなど、チャンドラーの小説にはクセのある魅力的な人物が度々登場する。しかし、この「湖中の女」は、依頼主の化粧品会社の社長キンズリーもその愛人秘書フロムセットも、いなくなった妻クリスタルや湖畔の管理人ビルやその妻ミュリエルなど、どれもくっきりと人物が浮きあがってこない。湖畔の老保安官パットンや女に騙された警部デガーモが、いい脇役になっている程度だ。

失踪した妻クリスタルの色男レイバリーの隣に住む医者が最初の方から怪しげな存在として登場するが、この悪役もどこか抽象的だ。マーロウと直接やりとりする人物たちとの会話にこそ、チャンドラーの小説の魅力があるので、この作品はミステリーの辻褄合わせはうまくいっていても、どこか人物たちが生き生きと動き出している感じがない。失踪した二人の女性の謎のトリックという点が強調され過ぎた分、いつもの哀しき人物像が浮き上がって来なかった。失踪した二人の女も謎めいたままで終わってしまった感じ。

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プロフィール

ヒデヨシ

Author:ヒデヨシ
札幌でテレビの仕事をしている
オヤジです。
映画にまつわる雑文です。
2006年からの映画レビュー。
それから、本の感想を少し。


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映画ベスト10 2009~2017年
2019年ベスト5
    「ジョーカー」
      「よこがお」
        「真実」
          「バーニング」
            「ブルーアワーにぶっ飛ばす」
              次点、「さよなら くちびる」

            2018年ベスト10
            <洋画>
              「スリー・ビルボード」
              「正しい日、間違えた日」(2015)
              「希望のかなた」
              「顔たち、ところどころ」
              「ラブレス」

            <日本映画>
              「万引き家族」
              「寝ても覚めても」
              「きみの鳥はうたえる」
              「モリがいる場所」
              「カメラを止めるな」


            2017年ベスト10
            <洋画>
              「パターソン」
              「動くな!死ね!甦れ!」(1989)
              「誰のせいでもない」
              「ありがとう、トニー・エルドマン」
              「オン・ザ・ミルキー・ロード」
              「パーソナル・ショッパー」
              「マンチェスター・バイ・ザ・シー」
              「マリアンヌ」
              「婚約者の友人」
              「セールスマン」

            <日本映画>
              「散歩する侵略者
            /予兆 散歩する侵略者」
            「三度目の殺人」
            「南瓜とマヨネーズ」
            「光(大森立嗣)」
            「息の跡」
            次点「彼女がその名を知らない鳥たち」
            次点「幼な子われらに生まれ」
            次点「バンコクナイツ」


          2016年ベスト10
          <洋画>
            ダゲレオタイプの女
            マイ・ファニー・レディ
            キャロル
            シング・ストリート 未来へのうた
            リザとキツネと恋する死者たち
            グッバイ・サマー
            サウルの息子
            マジカル・ガール
            ブリッジ・オブ・スパイ
            手紙は憶えている
          <日本映画>
            淵に立つ
            クリーピー 偽りの隣人
            海よりもまだ深く
            ふきげんな過去
            SCOOP!
            永い言い訳
            オーバー・フェンス
            ディストラクション・ベイビーズ
            葛城事件
            湯を沸かすほどに熱い愛
            次点この世界の片隅に


          2015年ベスト10
          <洋画>
            やさしい女
            さよなら人類
            さらば、愛の言葉よ
            毛皮にヴィーナス
            雪の轍
            愛して飲んで歌って
            サンドラの週末
            サイの季節
            インヒアレント・ヴァイス
            ソニはご機嫌ななめ

          <日本映画>
            海街dairy
            岸辺の旅
            FOUJITA
            百円の恋
            この国の空


          2014年ベスト10
          <洋画>
            エレニの帰郷
            グランド・ブタペスト・ホテル
            罪の手ざわり
            ウルフ・オブ・ウォールストリート
            ジャージー・ボーイズ
            インサイド・ルーウィン・デイヴィス
            6才のボクが、大人になるまで。
            フランシス・ハ
            ウォールフラワー
            ある過去の行方

            <日本映画>
            そこのみにて光輝く
            ニシノユキヒコの恋と冒険
            紙の月
            Sventh Code
            私の男


              2013年映画ベスト5
          <洋画>
            1、「愛、アムール」
            2、「ホーリー・モーターズ」
            3、「オンリー・ラバーズ・レフト・アライブ」
            4、「いとしきエブリデイ」
            5、「ムーンライズ・キングダム」
            ※番外「カリフォルニア・ドールズ」(1981年)

            <日本映画>
            1、「共喰い」
            2、「さよなら渓谷」
            3、「恋の渦」
            4、「リアル 完全なる首長竜の日」
            5、「Playback」(2012年)


            2012年映画ベスト10
          <洋画>
          2、「少年と自転車」
          3、「Pina ピナ・バウシュ 躍り続けるいのち」
          4、「ライク・サムワン・イン・ラブ」
          5、「きっと ここが帰る場所」
          6、「ドライヴ」
          7、「風にそよぐ草」
          8、「恋のロンドン狂騒曲」
          9、「おとなのけんか」
          10、「別離」
          次点 「裏切りのサーカス」
        番外
          「永遠の僕たち」
          「J・エドガー」
          「家族の庭」

        2、「かぞくのくに」
        3、「演劇1&2」
        4、「夢売るふたり」
        5、「アウトレイジビヨンド」
        番外 「ヒミズ」


      2011年映画ベスト10
      2,「愛の勝利を」
      3,「ブルーバレンタイン」
      4,「愛する人」
      5,「クリスマス・ストーリー」
      6,「トゥルー・グリット」
      7,「SOMEWHERE」
      8,「さすらいの女神(ディーバ)たち」
      9,「エリックを探して」
      10,「シリアスマン」
      次点,「エッセンシャル・キリング」

    2,「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」
    3,「あぜ道のダンディ」
    4,「マイ・バック・ページ」
    5,「冷たい熱帯魚」

    2010年映画ベスト10
    3、フローズン・リバー
    4、アンナと過ごした4日間(2008)
    5、Babble/バブル(2005)
    6、パリ20区、僕たちのクラス
    7、クレイジー・ハート
    8、ずっとあなたを愛してる
    9、千年の祈り
    10、シルビアのいる街で
    次点、闇の列車、光の旅

    3、川の底からこんにちは
    4、さんかく
    5、ノルウェイの森
    次点、乱暴と待機


2009年映画ベスト10
    3、リミッツ・オブ・コントロール
    4、あの日、欲望の大地で
    5、人生に乾杯!
    6、ウェディング・ベルを鳴らせ!
    7、チェンジリング
    8、ロルナの祈り
    9、レスラー
    10、夏時間の庭

<日本映画>
    1、ディア・ドクター
    2、空気人形
    3、ウルトラミラクルラブストーリー
    4、インスタント沼
    5、ノン子36歳(家事手伝い)
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