「白夜」ロベール・ブレッソン

まったく奇妙な映画だ。ロベール・ブレッソンについては、傑作「ラルジャン」をはじめ、「抵抗」「スリ」「少女ムシェット」「バルタザールどこへ行く」など、最近見直していろいろとレビューに書いてある通り、省略と音と視線と仕草さの映画作家だ。俳優をモデルと呼び、心理的に演じることを禁じた監督。感情表現のアップなど全くない。主役の孤独で自意識過剰な男ジャック(ギョーム・デ・フォレ)は、どこかジャン=ピエール・レオを思わせる。美しい裸体を見せるマルト(イザベル・ヴェンガルテン)とのセーヌ河畔での4つの夜の物語だ。
この映画でも、ジャックをただただ歩かせている。棒立ちでパリの街をただ歩くだけのジャック。時には奇妙なでんぐり返りをさせたり、唄を歌わせたり。そう、これは歩く映画だ。そして、ときどき振り返る。それがドラマになっている。
また、ジャックはテープレコーダに詩のような言葉を録音する。ベッドに寝そべりながら録音し、その自分の声を聴きながら、絵を描く。妄想癖の自己完結的な男だ。自ら女に惚れやすいと告白しているように、街角できれいな女性を見つけては、後をつけたり、見つめたりする。ストーカーのようなヤバい男だ。街角でジャックと女との視線のカットバックが繰り返される。女を見つめるジャック、ジャックの視線に気づく女。執拗に見続けるジャック。その視線を振り切って行ってしまう女。
ジャックとマルトがポンヌフが出会う場面も、視線のカットバックが描かれる。橋を通り過ぎるジャック。入水自殺しようとするマルト。振り向くジャック。彼女に気づいて引き返してくる。視線のカットバックと振り返りが重要な映像になっている。
こんなシーンもある。公園で、カップルが抱き合うのを見つめるジャック。抱き合う女とジャックが目が合う。一度、視線をそらすジャックだがもう一度、女を見る。そんな視線の交錯がいたるところで起きる。
それは最後の重要なシーン、マルトが待ち続けた恋人と再会するシーンでも同じだ。振り返り「マルト?」と声をかける恋人。振り返るジャックとマルト。視線のカットバックがあって、恋人に駆け寄りキスをするマルト。それを見続けるジャック。マルトは今度はジャックに駆け寄りキスをする。それを見る恋人。そして、また恋人のもとに向かうマルト。去っていく二人。それを振り返って見続けるジャック…というように。視線にドラマがあるのだ。
もうひとつ特徴的なのが音だ。この映画ではこれまでのロベール・ブレッソン映画には珍しく、音楽が多用されている。セーヌ川の観光船、バトームッシュで奏でられる音楽。あるいはセーヌ川の川べりでギターを弾いている若者たち。それを聴く二人。あるいは、足音。マルトと隣の下宿人の男が抱き合う場面でも、彼女の母親の靴音がいつまでも異様に響く。「マルトはいないの?」と声をかけて探しながら、いつまでも靴音が響く。
もちろん、鳩の鳴き声やジャックの録音した「マルト!」を呼び続けるバスの中での音の再生など、音が印象的な使われ方をしている場面も忘れてはならない。音の演出は、ロベール・ブレッソンの特徴的な要素だ。
もうひとつ面白かったのは、手の動き。ジャックがマルトに愛の告白をし、セーヌの河畔で抱き合う場面で、ジャックの手の動きが面白い。抱き合いながらマルトの胸をまさぐるジャックの手。エロティックな場面だ。その手はゆっくりとマルトの腰へと降りていくのだが、マルトがそのジャックの手をさりげなく再び肩へと押し戻すのだ。そんな手の演出に、マルトの心理が表現される。だから、カフェの机の下で握られた二人の手は、どこまでも今だけのものだと観客はわかっているのだ。
ブレッソンにとって、手の動きや仕草が重要なのだ。鏡の前に美しい裸身をさらして眺めるマルトの仕草。それは、ジャックがテープレコーダーに録音するという仕草と重なっている。二人の仕草は、ナルシシズムの共通性を描いている。また、街の女性たちとの視線の交錯や振り返りという動作が、映画の重要なドラマを演出している。演じることを、役者の感情表現ではなく、仕草や手の動きや視線で表すロベール・ブレッソン監督の特徴がある。
そんなロベール・ブレッソン節が満載の美しきカラー映画『白夜』だが、期待が大きすぎたせいか、他のブレッソンの傑作たちに比べるとやや物足りない気がした。それは、運命の厳しさや現実の前で翻弄される人間たちへのいつもの冷酷な目線が、セーヌの夜の美しさとともに、ややソフトに、ロマンティックに描かれているからかもしれない。ロベール・ブレッソンの真骨頂はやっぱり運命の過酷さ、冷徹さにあるような気がする。
白夜(1971)
QUATRE NUITS D'UN REVEUR
上映時間 83分
製作国 フランス
公開情報 劇場公開(フランス映画社)
監督: ロベール・ブレッソン
原作: ドストエフスキー 『白夜』
脚本: ロベール・ブレッソン
撮影: ピエール・ロム
音楽: ミシェル・マーニュ、グループ・バトゥーキ、クリストファー・ヘイワード、ルイ・ギター、F・R・ダビド
出演: ギョーム・デ・フォレ、イザベル・ヴェンガルテン、ジャン=モーリス・モノワイエ、ジェローム・マサール
☆☆☆☆4
(ヒ)
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