「マンチェスター・バイ・ザ・シー」ケネス・ロナーガン

評判の映画ということで観に行った。なるほど、静かな抑えた演出の映画で好感が持てる人間ドラマに仕上がっている。描かないことで描こうとしている。決定的なドラマチックな場面は描かれない。過去に起きた悲しい出来事をめぐる喪失と再生の映画だ。
ボストン郊外で便利屋として暮らすリー(ケイシー・アフレック)は、どこか感情を抑圧して屈折して生きている。そこに兄の死を知らせる電話があり、故郷の街マンチェスター・バイ・ザ・シーに戻ってくる。映画は全体を通して寒々しい。ボストン郊外の雪と、海沿いの冬の故郷の街も灰色で色調は暗い。過去の映像は最初無造作に挿入されるので、少し混乱するが、次第にそのテンポにも慣れ、細かい説明は省かれるが、物語はいたって単純だ。
故郷に戻ってきたリーのことを街の人々が、「あの噂の男が帰ってきた」という風に白い目で見る描写があるので、どれだけの卑劣な犯罪行為をリーがかつてこの街でしたのだろうと思うのだが、それほどのことではない。「過去にいったい何があったのか?」という興味を引っ張るためのやや誇張した演出が感じられたが、それ以外は淡々と映画は進む。
時折、断片的に挿入される過去の様々なシーンが効果的。リーの家族、釣りから帰ってきたリーと病気の妻のランディ(ミシェル・ウィリアムズ)、そして可愛いい子どもたち。あるいは甥とパトリック(ルーカス・ヘッジズ)と釣りをするリーや、兄ジョー(カイル・チャンドラー)の船上の3人。ジョーの心臓の病気が病院で告げられるシーンでは、その事実を受け止めきれないジョーの妻の行動は不自然で、アル中のようにだらしなく寝ている姿も描かれる。人のいいジョーの妻がなぜあそこまで壊れてしまったのかは、やや消化不良な印象が残った。
そして、あの悲しい出来事があった夜。深夜まで友達と酒を飲んで大騒ぎしているリーとヒステリックに怒る妻。しかし、決定的な場面は描かれない。その夜、彼がどんな風にして家を出たのか。あるいは、あの悲しい出来事の後で、妻のランディがリーを罵る修羅場は描かれない。どんなふうに夫婦が壊れていったのか?観客は想像するしかない。
そんな悲しい過去があったことで、人間的な感情を押し殺して生きて生きたリーが、甥のパトリックを後見人に兄の遺言で指名される。そして、叔父と甥の交流が始まる。死んだ兄からの弟と息子へのメッセージ。家族を失った弟、母と父を失って傷ついている息子。喪失の哀しみを抱えた二人の男が、次第に心を取り戻し、気持ちを通わせていく再生のドラマだ。ラストの現実的な選択。叔父と甥のボールを使ったやりとりはなかなかいい。ラストだけ冷たい冬の風景に、あたたかい光が射したように感じられた。
原題:Manchester by the Sea
製作年:2016年
製作国:アメリカ
配給:ビターズ・エンド、パルコ
上映時間:137分
監督:ケネス・ロナーガン
製作:ケネス・ロナーガン、キンバリー・スチュワード、マット・デイモン、クリス・ムーア、ローレン・ベック、ケビン・J・ウォルシュ
脚本:ケネス・ロナーガン
撮影:ジョディ・リー・ライプス
美術:ルース・デ・ヨンク
衣装:メリッサ・トス
編集:ジェニファー・レイム
音楽:レスリー・バーバー
キャスト:ケイシー・アフレック、ミシェル・ウィリアムズ、カイル・チャンドラー、ルーカス・ヘッジズ、カーラ・ヘイワード、C・J・ウィルソン、グレッチェン・モル、マシュー・ブロデリック、アンナ・バリシニコフ、ジョシュ・ハミルトン、テイト・ドノバン、スーザン・プルファー、
ロバート・セラ、トム・ケンプ
☆☆☆☆4
(マ)
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