「スリー・ビルボード」マーティン・マクドナー

評判の映画をやっと観た。予想以上に素晴らしい映画だった。こういうアメリカ映画が出来ることに、アメリカの懐の深さを感じると思ったら、監督のマーティン・マクドナーはアイルランド系イギリス人だそうだ。暴力と復讐、怒りを描いているのだが、単純なカタルシスも安易な解決も示されない。脚本が見事だし、暴力がただ暴発するのではなく、知的で抑制のきいた描かれ方で、イギリス的なシニカルな映画とも言える。アカデミー賞の候補作というのも納得の作品である。善悪がはっきりしていて、正義が勝つというようなマッチョな単純映画ばかりではなく、人間の複雑さ、表裏を描くこういう映画がどんどん増えて欲しい。
アメリカ、ミズーリ州の南部の片田舎。娘をレイプされて焼き殺された母親が看板広告を出す話だと聞いていたので、その母親の気持ちに寄り添いつつ、犯人を捜し出す復讐のドラマだと思っていた。ところが映画は少しずつその怒り・復讐の思いからズレていく。娘を殺された被害者の家族の怒りは、誰もが共感できるものであり、その共感を原動力にドラマは動き出すのが常だ。この映画もまた、フランシス・マクドーマン演じる無愛想な母親ミルドレッドの怒りが画面に充満しているところから始まる。さびれた道路端の看板に、「ウィロビー署長よ、とっととレイプで焼き殺された娘の犯人を捜せ!」と抗議の広告を出す。犯人への怒りが、捕まえない警察への苛立ちへと移っている。それを見た警察官ディクソン巡査(サム・ロックウェル)は、南部の典型的な人種差別主義者の暴力警官で、看板の広告代理店のレッド(ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ)に文句をつける。母親の怒りの行動が、別の怒りを誘発し、暴力が連鎖していく。映画の中で引用されるように、「怒りは怒りを来たす」というわけだ。
次第に、被害者家族の母親ミルドレッドと殺された娘の意外な言い合いが明らかになり、決して同情すべき母親でもないということがわかってくる。そしてミルドレッドの話から、彼女の怒りの対象となった警察署長ウィロビー(ウディ・ハレルソン)の意外な人生の物語へ展開していく。さらに暴力巡査のディクソンの物語に後半はなっていく。つまり、被害者の母の復讐物語から、警察署長の家族の物語へ、そして暴力警官の新たな人生の物語へシフトしていきながら、暴力・怒りの連鎖とズレが描かれるのだ。復讐の正義などどこにもなく、ミルドレッドの怒りの矛先が勘違いであることに気付かされていくのだ。ディレクソンの変化がかなり映画の核にもなってくるのだが、ラストで事件が解決されて終わるのかと思ったら、それもズラして意外な終わり方をする。暴力はイラク戦争の帰還兵の闇の問題までに及ぶ。そういう暴力と怒りの映画なのに、カントリー調の音楽やアバの「チキチータ」まで出てきて、のどかな人の純朴さや田舎町の風土も描かれる。警察署長ウィロビーの死者からの手紙が、ミルドレッドやディレクソンの怒りをほぐす役割を担っていて、面白い。病院のオレンジジュースの場面やミルドレッドをかばった小人、別れた夫のバカカップル、ディレクソンのマザコンぶりなど、細かいエピソードがどれも笑いを誘い、いいアクセントになっている。いずれにせよ、単純な図式に終わらない見事な展開の人間ドラマになっていた。
原題 Three Billboards Outside Ebbing, Missouri
製作年 2017年
製作国 2017英=米
配給 20世紀フォックス映画
上映時間 116分
監督:マーティン・マクドナー
脚本:マーティン・マクドナー
撮影:ベン・デイビス
美術:インバル・ワインバーグ
音楽:カーター・バーウェル
キャスト:フランシス・マクドーマンド、ウッディ・ハレルソン、サム・ロックウェル、アビー・コーニッシュ、ジョン・ホークス、ピーター・ディンクレイジ、ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ケリー・コンドン、ルーカス・ヘッジズ、ジェリコ・イバネク、クラーク・ピータース、キャスリン・ニュートン、アマンダ・ウォーレン、ダレル・ブリット=ギブソン、サンディ・マーティン、サマラ・ウィービング
☆☆☆☆☆5
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