「素敵なダイナマイトスキャンダル」冨永昌敬

なかなか映画が観れない。いろいろ見逃している。そんななかでなんとか観たのが、この「素敵なダイナマイトスキャンダル」だ。
冨永昌敬監督とは相性がいい。「パビリオン山椒魚」、「パンドラの匣」、「乱暴と待機」、「南瓜とマヨネーズ」など、ちょっと変わった世界観と奇妙な人物たちが登場することが多いが、その独特の映像センスと演出力に私は注目している。だからこの奇妙な新作も見逃せなかった。
名物編集者、末井昭の自伝的青春。私より一回り上の世代。1960年代後半から70年代、80年代と懐かしい風俗が描かれる。この映画の主役はある意味、あの熱に浮かされたような時代にあったような気がする。
時代の体現者とも言える末井昭は、荒木経惟と出会い、エロ写真雑誌を作りまくる。まだピンクビデオが流行する前の時代、エロ雑誌が全盛だった。そのエロ雑誌に、南伸坊、嵐山光三郎、赤瀬川原平などサブカルチャ-の面白い人たちの原稿が載る。まさにごった煮の異色の雑誌。猥褻表現は、警察とのイタチごっこで、廃刊と創刊を繰り返す。電話で編集スタッフが読者とエロトークをする場面も描かれる。エロがまだ想像力を掻き立てる役割を果たしていた。若い男たちは、エロ雑誌の向こうのパンツの奥に想像を膨らませていた。懐かしき卑猥で猥雑な時代。すべてがオープンで明るくなり過ぎた今と比べて、光と影があった。アンダーグラウンドな闇。主人公が何度も叫ぶ「情念」。(笑)
末井昭は、岡山の高校卒業後に上京、デザイン学校で勉強し、ディスプレイ会社勤務、キャバレー勤務、フリーの看板描き、イラストレーターと職業を転々とした後、エロ雑誌業界に入る。1975年、セルフ出版(のちに白夜書房と改称)の設立に参加。編集者として『ウィークエンドスーパー』(1977年)『写真時代』(1981年)『パチンコ必勝ガイド』(1988年)などを創刊。現在もエッセイスト、フリー編集者、サックス奏者として活動中で、2014年、『自殺』(朝日出版社)で第30回講談社エッセイ賞を受賞した。
1948年、岡山県生まれ。「芸術は爆発だ!と言った人がいるけれど、僕の場合、母さんが爆発した」。幼少期に母親が隣に住む若い男とダイナマイト心中したという衝撃の過去。その母親のイメージが何度も描かれる。結核を患って自暴自棄になったのか、母親は若い男とセックスを繰り返して、ダイナマイトで死んでしまった。そのことを末井少年は、誰にも言えなかったという。しかし、デザイン会社勤務時代に、親しくなったデザイナー仲間(峯田和伸)に話すと、「母親がダイナマイトで死んだ」ことが「お前のウリか」と上司にからかわれた。彼にとっての母親とはどういう存在だったのか。彼の女性観に影響を与えていることは確かだ。映画はやや母親(尾野真千子)の回想シーンがしつこかった印象はある。
荒木経惟はサックスプレイヤーの菊地成孔が演じている。この時代、彼の隠微な女性の裸体写真はよく見たものなぁ。若い女性社員(三浦透子)との恋、「このまま二人でどこか逃げたい」という湖畔のデートシーンは印象的な映像だった。欲望と挫折。数百万円を先物取引で一度に失い、借金まみれになったり、エロだ、芸術だと、とにかく人々が過激に生き急いでいるような熱量があった。キャバレー時代に、ピンクのペンキを裸体にかけて、夜の街を走り回るバカさ加減を柄本佑が狂気じみて演じている。地方から上京してきた若者たちが都会に出てきて、何か面白いことをしてやろうという熱があの時代には確かにあったと思う。まだ世界が動きつつある手応えがあったからなのかもしれない。「世界なんて変らない」とどこか冷めている今とは明らかに違った。
製作年 2018年
製作国 日本
配給 東京テアトル
上映時間 138分
監督:冨永昌敬
原作:末井昭
脚本:冨永昌敬
撮影:月永雄太
照明:藤井勇
美術:須坂文昭、北岡康宏
編集:田巻源太
音楽:菊地成孔、小田朋美
主題歌:尾野真千子、末井昭
キャスト:柄本佑、前田敦子、三浦透子、峯田和伸、松重豊、村上淳、尾野真千子、菊地成孔、嶋田久作
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